茂木健一郎氏のタトゥー差別への批判への反論

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

 

りゅうちぇるが家族の名前を自身に刻みこんだタトゥーを披露して批判を浴びている騒動をうけ、脳科学者の茂木健一郎氏がタトゥーの話題について言及した。

が、その言及の内容があまりにもお粗末なので、どうしてお粗末なのかについて説明をしたい。

彼の主張は4点

1点目は、タトゥーの差別はいわれが無い。インバウンド(海外からの観光客など)が増えている昨今、この差別を放置するのは日本の国際的恥であるというもの。

2点目は、タトゥーと反社会的勢力を結び付ける見方については、全ての人がそうではない。それは集合論としてもちろんならないというもの。

3点目は、タトゥーを不快と感じることを理由にプールの利用制限をするべきであるという主張については、偏見や無知に基づいて自分の感性をパブリックな場の運用のルールにせよと主張していると解釈するもの。

4点目は、親からもらった身体を傷つける行為などとして温泉等の利用制限を主張する声については、ことごとくが論理的に脆弱であって、批判的思考の深刻な欠如を示唆しているとした。

以上の4点の主張から、世界的に見た、タトゥーの文化的、社会的意味合いの広がりを考えたときに、この現代の日本でタトゥーの方の入力、プールの利用禁止と言う奇妙なルールが温存されていることは日本における批判的思考の風土の欠如といより深刻な一般的問題の表れだと私は考えている、とした。

何が気になったのか

普段なら、彼のいう事など適当に流すところなのだが、主張の中に集合論という言葉が登場したので捨て置けなくなった。明らかに、変な使われ方をしている数学界隈の言葉を見かけるとカチンと来るたちのようだ。

1点目の主張について

さて、タトゥーだが日本では実は明治の頃までかなり一般的に彫られており文化として根付いていたことは割と有名かと思う。

一方で、武士階級は儒教的な考えから体に傷をつけることを嫌がったり、あるいは、犯罪者に彫り物をする刑罰があったことからタトゥーが忌避されていたことも事実だ。

タトゥーが厳しく取り締まりを受けるようになったのは、明治政府がタトゥーを彫った日本人の姿を海外から見た未開の部分であると解釈したことによるものが発端のようだ。

つまるところ、世界の文化の中によくよく見られる逆輸入のような現象がタトゥーで起きている。

元々ある国で根付いていたものが、禁止され、その後また戻ってくる。よくよく見られる現象だ。少し例は違うが、アメリカの禁酒法なんかも似たような物だ。

そんな里帰りをしてきたタトゥーについて。1度は未開と思われたくないから禁止して、今度は禁止は恥だから解禁するべきと、中々せわしのないことだ。

そういう意味で、1点目の主張、タトゥー差別はいわれが無いというのは、あるような、ないような曖昧なところなのだ。近代化、列強と肩を並べる為の自衛の1つとして未開部分を無くそうとした明治政府の考え方には1分の理がある。が、何時まで禁止しとんねんという主張も分からないでもない。

タトゥー禁止の第1目標は既に達成され、形骸化しているのではないかとは思う。が、別にこれが残ったところで恥でもなんでもない。

1点目の主張に対する導入が長くなってしまったが、ここからが本題だ。他の国と違うことが何故、恥なのだ?

例えば、シンガポールではチューインガムを持ち込んだだけで罰金になる。ガムをポストとかドアなどに張り付けるいたずらが続いたことからこの法律ができたわけだが、これは恥か?

経緯は恥だろう。が、法律の制定には経緯があり目的がある。それは国によって違うのだから、その違うところを恥だと思うのは何とも幼稚な感性と言わざるを得ない。

茂木氏に限った話ではないが、自分の事、自分の国の事を他の文化圏の人に説明することを非常に面倒臭がる人がいる。

「どういう歴史がある、どういう経緯でこういう法律がある、こういう文化がある。こういう文化が昔はあったが、今はこうだ。」そういう文化が違う人とのコミュニケーションを早々に放棄してしまう人は、何故か、自分の国や文化を恥だと思ってしまうようだ。

例えるならば、昔、ヤマンバメイクというのが流行ったのだが、クラスで皆がそういう格好しているときに自分だけ素のままだと「恥ずかしくて学校に行けない!」と思い込むのと同じ状況だ。

兎に角、他の人と同じが良い。自分だけ違うのは嫌だ。相手と同じことをして安心感を得たいのだ。これ自体は世界の古今を問わずに見られる現象だから、これがおかしいと言っているのではない。

茂木氏は、就活のシーズンになると画一的にリクルートスーツを着込んでいる学生をtwitterで没個性だ何だとくさするのだが、自分の国の文化、歴史を他の国の人に説明する努力を早々に放棄して相手と同じルールにしようとする彼が語る個性とは一体何なのだ?

2点目の主張について

タトゥーと反社会的勢力を結び付ける味方については、全ての人がそうではないという主張。集合論としてもちろんならない。

さて、茂木氏の投稿をつぶさに見たが、集合論をどうやら部分集合とかそういう意味で使っていたようだ。

良く見かける、1部分の人は悪い人も要るかもしれないけど、全員じゃないよ!という詭弁だ。そう、これは古典的な詭弁なのだ。

それは何故か。古今、これを説明するのに適した言葉は沢山ある。

例えば、悪貨は良貨を駆逐するということわざ。意味はそのままで、質の悪い通貨は質の良い通貨の流通を妨げてしまうというもの。

タトゥーとプールという営利活動に絡めるのなら、レモンの市場に例えてもいいかもしれない。

1部分の質の悪い物は、全体に悪影響を与える。これは、世界の古今を問わずに観察によっても確かめられてきた厳然たる事実だ。

茂木氏はどういう訳か、人の集まりを集合を見立てて、その中に悪い人もいるけど大丈夫な人もいるよねと非常に浅い捉え方をしているのだが、人の集まりはただの要素の集まりではなく、相互に影響を及ぼしあう複雑系(私の造語じゃないよ)であるという視点が無いようだ。

彼は脳学者のはずなのだが・・・彼が専門とする脳とは、大脳とか脳幹とかの個々のパーツがただ詰め込まれただけのものなのだろうか。専門家に意見するのもはばかれるが、私は脳は互いに緊に密に補完しあい、影響を与え合う非常に複雑な構造の機関という認識だった。脳を専門とする彼から、人の集まりは複雑系であるという視点が出てこなかったことが只々悲しい。

3点目の主張について

タトゥーを不快と感じることを理由にプールの利用制限をするべきであるという主張については、偏見や無知に基づいて自分の感性をパブリックな場の運用のルールにせよと主張していると解釈するもの。

確かに昨今の弱者ビジネスは目に余るものがある。1部のおかしな人たちのせいで、それまで普通に暮らせていた少数派が攻撃の対象になってしまうのは悲しい物がある。

そういう意味で、一部の声が大きいだけの人に阿(おもね)ってルールを変えさせたり、あるいは作らせたりするのは有害であり避けなければならない。

これについて、彼が主張する偏見や無知が何を指しているのかが不明瞭すぎてコメントのしようがない。

1点目の主張について述べたときに、タトゥーがかつて武士に避けられていたということや、犯罪者への刑罰にあったことから忌避していたという事実を知っていればこれは偏見でもなく無知でもないと思うのだが、これを指しているわけではないだろう。

強いて言えば、犯罪者への刑罰にあったから忌避していたの部分についてはもしかしたら偏見成分が多少なりとも含まれているかも知れないが、いかんせん、これは自分の感性といったものではなくごく一般的に存在した感覚なのだから、それを個人の感性と矮小化するのは詭弁と言わざるを得ない。

4点目の主張について

親からもらった身体を傷つける行為を忌避すること。これは、2点目の主張で触れたように、昔の武士が儒学を修めていたことから派生した考え方だろう。

さて、これを理由に温泉等の利用制限を主張するのは論理的に脆弱であるという主張に私も賛同する。

これが理由として通るのであれば、ピアスを通すための穴を空ける行為も、帝王切開をした女性も、整形手術を受けた人も、永久脱毛した人も、歯をインプラントに変えた人も皆、温泉等の利用を制限されるべきだ。

私がこの騒動に意見をするなら

私がこの騒動に意見を言うなら次のように整理する。

まず、自分にタトゥーを入れる行為について。これは認められるべきだと思っている。

私は常々、主張をしてきたのだが個人には愚行権(ぐこうけん)が認められるべきだと思っている。

愚行権

たとえ他の人から「愚かでつむじ曲りの過ちだ」と評価・判断される行為であっても、自らの責任と個人の領域に関する限り誰にも邪魔されない自由権のこと 引用:wikipedia

タトゥーを入れることによって、彼は今後、温泉等の施設、プールなどを利用することができなくなるだろう。だが、彼はtwitterで覚悟の上でタトゥーを入れたと言っている。

ならば、話はここで終わりであって、それを邪魔する権利は誰にもないと私は考える。

ちなみに、愚行権の説明では「評価・判断される~」とあるが、彼をわざわざ批判、攻撃することについてはその範疇を私は超えていると思う

問題となるのはこの後だ。

例えば、タトゥーを入れたことによって彼は幾つかの制限を受けるだろう。その時に、彼が周囲を攻撃する可能性がある。

自分の責任と個人の領域に関する限り誰にも邪魔されない自由権だったはずが、どういう訳か周囲を攻撃するための口実になる。この時、愚行権が認める権利の範疇を超えて彼が真に非難されるべき対象となるのである。

今のところ、せいぜい、twitterで日本を変えていきたい(意訳)と言っているに留まっているので、まだグレーだと私は判断する。攻撃を受けたり攻め立てられるほどの事では無い。

私たちは皆、愚行権を行使している

わざわざ、愚かなことをするのは何も彼だけがするわけでも無いし、愚かな人だけがするわけでも無い。

皆、何かしら思い当たることはあるだろう。

昨今ではtwitterでわざわざそれを対外的にアピールする為、炎上したりもするのだが、個人が個人の範疇で愚かなことをする分には誰かに邪魔立てされるいわれは無いのだ。

茂木氏は、タトゥー差別にはいわれが無いと主張した。

しかし、今、現実に日本ではタトゥーと反社会的勢力を結び付ける考え方があり、温泉等の施設でも入場を断っている。そういう文化圏でわざわざタトゥーを入れて、私は差別を受けているとアピールするのはただの当たり屋だろう。今回の炎上騒動も、根底にはそういう当たり屋が増えていることに起因していると私は思っている。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

節約の基本はハピタス活用から始めるのが簡単

書籍の購入、資料の請求、契約の見直し、クレジットカードの発行などは店頭よりもインターネットを経由した方が特典が豊富です。

インターネットを利用して買い物をするなら、ハピタスを経由するようにすると、各企業が提供しているポイントや特典の他にもハピタスからのポイントバックを受けることができます。私がハピタスを愛用している理由として

  • 登録無料

  • 交換レートが1ポイント=1円のレートで300ポイントから交換可能

  • 換金の手数料が無料

  • ウェブサイトが非常にシンプル


新規登録された方に100ポイントのプレゼントしています。

ハピタス

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください